仕事を辞めたバックパッカーの帰国後の末路
バックパッカーの帰国後の末路
世界中をリュックひとつで周るバックパッカーには誰しも一度は憧れると思います。
てばこさんも10代の頃にNZへ初めて旅行へ行って以来旅の虜になり、仕事をして貯金ができたら旅、貯金ができたら旅で10年くらいを過ごしました。
ずーっとフラフラしていたおかげで色々なアルバイトができて社会経験だけは増えましたが、職歴としては目も当てられない物にはなっていました。
※2026年現在、FXはかなり厳しくなっており、初心者が投資に手を出すなら株のサヤ取りなどの統計的な方法でないと安定しない現状ではあります。これをするだけで◯万円稼げた!なんて方法はほぼ全て商材屋がはめ込むための宣伝インチキな世界なので気をつけてください。
【よくある勘違い】バックパッカーをしても英語は上達しない
世界を旅していると、英語が話せるようになって帰国後は英語を使った仕事に就けるんじゃない?なんて淡い期待を持っている方もいるかも知れませんが、現実はそんなことはありません。
海外を旅して話せるようになっている人は、ほとんどが留学ビザなどの人です。彼らは世界を見ることを主目的としているバックパッカーと違って、きちんと英語の勉強を生活の中心においています。
アカデミックな勉強もしっかりしていますし、留学ビザの場合は出席日数の規定もありますから勉強を怠ることができませんからね。
しかし完全に自由なバックパッカーの人たちはそもそも移動が多く、腰を据えて語学学校に通えるほどのお金もありません。
努力しているバックパッカーでもせいぜい英語のアプリをひたすらやるくらいで、日本からガチのテキストを持ってきている人なんて少数派です。英語のアプリってスキマ時間には最適ですけど、1時間以上続けるのは至難の業です。
なぜなら体系的にまとめられていないと言うか、ものすごく短時間で区切りをつけちゃうものばかりなんで、短時間でやった気にだけなってしまうんです。
英語のアプリにはまると、自然と1日の学習時間が短くなっていくの気づいてました?
まあ例外として日本人の女の子なら世界的に人気なんで、ネイティブと付き合うと英語力が爆発的に伸びるというボーナスステージはありますけれどもね。
それ以外でバックパッカーが旅をしているだけで英語を話せるようになったなんて話は聞いたことありません。というか話せるくらいまで勉強してたらそれはもうバックパッカーとは言わず「留学生」ですね。
旅ブログに希望を持ったバックパッカーの末路
旅行中にブログを書けば儲かって、帰国後もお金に困ることは無いんじゃない?俺たちの素晴らしい旅の経験を公表すればたくさんのファンがついて稼げるんじゃない?
なんて淡い期待を持つ人も多いです。
ネットを覗くとたしかにたくさんの旅ブロガーがいまして、その中にはブログで月50万円!なんて言っている人もいて夢が膨らみますがスミマセン。それ、ほとんどが嘘です。
あれは稼げることをアピールして、儲かるブログの書き方を学びたい人をあつめる常套手段です。
旅ブログというのは紹介してもお金になる商材がないのと、ライバルがものすごく多いのではっきり言って検索の波に埋もれてしまい儲かりません。
てば旅は2026年1月で記事数が1000ほどありまして多くのキーワードで1位をとっていますが、広告の収入は月15000円程度です。本当に儲かりません。
2020年はコロナの影響で、厳しい旅ブログ界隈でなんとか稼いでいた上位の人達すらも消えてしまい、とある有名な旅カップルはブログでの収入が絶たれ、クラウドファンディングでやりもしない宿の開業で資金を集めて逃げたり、正統派ブロガーだった人が穴場風俗の高額ガイドを始めたり、と、徐々にダークサイドへ落ちていくのを見ることができます。
ブログは時にサイトごと売りに出されたりするのですが、一時期は月20万PVの旅ブログが大手の旅行会社に500万円で売れたなんて話もありましたが、現在の旅ブログは投げ売り状態でどこも買い手が全くつかない状態です。
おそらくブログ収入に頼ったバックパッカーの9割は1円も利益がでないまま消えていったことでしょう。
実際に出会ったバックパッカー達の末路
それではここからは実際にてばこ&てばおさん達が旅行中に会って、帰国後も日本でも遊んだりしていた友人達のリアルな末路を書いていきます。
不幸を盛った話ではなく、リアルな話を書きました。結構壁にぶつかったり、一般の人から見ると反面教師的な部分もあり、本人たちに許可を得てここに書いておきます
【帰国後の仕事が見つからない!】ゴールドコーストに1年住んだサーファーの末路
まず最初は、ゴールドコーストの日本居酒屋で出会ったとし君(30)のお話です。
彼はバックパッカーで旅をしている時にサーフィンにはまり、1年間ゴールドコーストに滞在しました。
とし君の1日のルーティーンは朝6時に海で2時間波乗り→仮眠をとってお昼から夜の22時までジャパニーズレストランで料理を作るという生活を送っていました。
スタッフは全員日本人で、担当はキッチンだったので英語を話す機会はありません。もともと英語環境の職場で働きたかったとし君ですが、英語力(英検準2級)ですとゴールドコーストではなかなか見つからずに、困った後にたどり着いたのがこのお店だったので仕方ないです。
さてとし君ですが、仕事を始めた当初は英語の勉強もしていたのですが、周りは気の合うサーファー仲間ばかり、朝はサーフィン、夜はレゲエを流しながらビールを飲んでのんびり。
最初は流されないようにがんばっていたのですが、週に2日、3日とだんだん呑む日は増えていって、帰国直前は週に7日呑んだくれていました。もちろん英語の勉強なんてやっておりません。ビールを買う時の「Can I have a beer?」の発音だけがうまくなりました。
帰国後の就職活動
さて、楽しかったゴールドコースト生活も終わって帰国後は就職活動を始めます。履歴書には「1年間オーストラリアに留学」と書いておきます。
しかしその留学、大抵の企業の人事担当の人はわかっています。どこの面接でもビザは学生ビザだったのかワーキングホリデービザだったのかを聞かれます。
そして企業から見るとワーキングホリデービザでの留学は多くの場合、「ただの遊び」と評価されることが多いです。
もともと営業マンだったとし君は人当たりも良く会話も得意なのですが、どちらかと言うと売り手市場の真っ只中の就活で20社連続で落ちて流石に凹みます。
ずっとサーフィンをやっていたせいで肌が真っ黒に焼けて、髪の毛はチリチリのパリピの風貌。それも間違いなく就活に影響していたと思います。結局東京での就職は諦めて、実家の富山に帰り、家の水産加工場を手伝うことになりました。
結果として不幸話ではなく失敗談でもないですが、これはバックパッカーの帰国後によくある流れだと思います。
ただ、実家がなかったらどうなっていたかはわかりませんし、本人はおそらく東京に住んでたら宅急便でドライバーをやっていたんじゃないかなと言っております。
この話は、バックパッカーから帰ってきたら普通の人よりは英語が話せるようになっていて、なにか海外に携わる仕事に就けたらいいなって夢見てる人にはしっかり考えてほしいです。
カナダで出会った元銀行マンバックパッカーの末路
こちらはもう少し大変です。てばこさんがバンクーバーで出会ったひとし君(29)という方のお話です。
ひとし君は元銀行マンで、安定した仕事を捨てて旅に出たという異色の経歴です。新卒で銀行にはいってからずっと仕事仕事で体を壊したのをきっかけでワーキングホリデービザを取得してバックパッカーを始めたそうです。
銀行業は英語とは無縁の世界で本人は英語に苦手意識をもっていたので、バックパッカーで世界にでたら思いっきり勉強をして話せるようになるのが目標でした。また、コミュニケーション能力はとても高くて友人もたくさん。一声かければパーティーができる人数はすぐに集まる人望の持ち主でした。
しかしその人望がたたってか、海外で毎日いろいろな人と遊んでいるうちに本来の目的から徐々にはずれていってしまいました・・・
ワーキングホリデービザが陥る罠
海外に住む場合、ワーキングホリデービザの所持者(バックパッカー)は、ワーキングホリデービザ所持者に出会う率が高いです。
なぜかといいますと住む場所、生活、時間などがしっかり区切られるからなんですね。
学生ビザの人たちは主に学校の寮やホームステイで住んだりしたり、学校の友人同士でルームシェアをします。午前から午後まではみっちり学校なので、明るい時間に活動する人が多いワーホリビザ組とはあまり交流がありません。
ビジネスビザで来ている駐在員さんなどはたいてい会社が用意したコンドミニアムに住みますが、殆どの場合治安がよく便利な立地に住んでいます。
運転手付きの場合も多いので郊外に住む人もいますが、バックパッカーはそもそもお金がないので良い立地のエリアには住みません。車が必要な郊外にも住みません。
バックパッカーの多くは治安が少し悪くて不便だけど安いバックパッカーが集まるエリアに長く滞在したり、掲示板などで格安アパートを探してそこに住んだりします。
バックパッカーの人達は、ホテルなどを検索する際にまず「金額」でフィルターにかけるので、見ている情報は似たりよったりになり住むエリアも自然と近くなります。
そしてワーホリ中にで出会う友人の特徴として、みんなお金はないけど時間はあるって人が圧倒的に多いんです。そのため人望があって人付き合いの良いひとし君は毎日だれかしら誘われてだらだら家飲みしてしまいました。朝まで呑むこともしばしば。だってみんな暇なんですもん。
旅を始めた当初は毎日5時間がんばっていた英語の勉強も、3ヶ月も気の合う友人たちと過せばいつの間にか1日1時間程度になっていました。
元銀行マンの帰国後の就職は厳しかった
さて、低きに流れてしまい、当初の予定よりも英語力が伸びなかったひとし君。
貯金も結構使ったので帰国後すぐに就職活動に望みます。できれば証券会社とかがいいなと思っていましたが、ここで実際に就活した本人いわく、「想像以上に銀行員の資格は潰しがきかなかった」です。
銀行員は色々な資格をとって徐々にキャリアアップしていくそうなのですが、その資格は一般企業にはまったく関係のないものばかりだそうです。
また面接では具体的なワーホリ中の活動内容も詳しく聞かれたそうですが、英語力がまったく伸びていないのでその話はできれば避けたいところ。しかし履歴書に書いてありますので必ずその話はせざるを得ず、英語力の話は避けられません。
結局狙ったところに就職はできなかったので少し考えた後、ひとし君は一念発起。英語をやり直そうと今度はフィリピンへ旅立ちました。
当時はビザがお金で手に入る時代でしたし、物価も安く英語も話せるようになると思ったのでしょう。しかし現状は、現地で付き合ったフィリピン人の女の子にお金をだいぶ巻き上げられ、サリサリストアという日本で言うコンビニみたいなものに出資もさせられたのに、回収する前に半年で逃げられて貯金もほとんどなくなった状態で二度目の帰国を果たしました。
その後しばらく連絡がとれてなかったのですが、フェイスブックで医療事務の資格に受かったと言っていたのでおそらくそっち系に進むのではないでしょうかね。
ここから言えることは、帰国後を考えるのでしたらワーホリビザは絶対だめです。友人の質が本当に変わります。学生ビザでしたら周りは勉強目的の友人が多いので自然と英語に触れる機会が増えます。
しかしワーホリビザは友人の皆さん時間が有り余っているので、なんとなく仕事してなんとなく遊んで時が過ぎていきます。帰国時に残っているのは思い出とパスポートのスタンプだけです。
ウクライナで出会ったバックパッカーの帰国後(成功例)
さて、今回皆さんに本当に参考にしてほしいのはこちらの恵美さん(28)の話です。これがみなさんにぜひ真似して欲しい正しいバックパッカーの形です。
恵美さんはもともとエスティシャンでした。しかしこの業界は代わりはいくらでもいますし、入れ替わりも激しい業界なので長くやる仕事ではないと自覚していました。
バックパッカーにはずっと前から憧れており、出発の一年前からホテル探しやルートを決めるほど念入りに準備をしていました。
そしてここからが見習って欲しいところなのですが、恵美さんは旅に出る10ヶ月くらい前から、格安オンライン学習サイトUdemyの通信講座を始めたんです。それまでまったく触ったことがなかったプログラミング関連の。
帰国後にエスティシャンはもうやりたくない。でも食いっぱぐれないようになにかスキルを身に着けておきたいがゆえにだそうです。
そして特に感心したのが、出発10ヶ月前にプログラミングを始めた理由が、自分が本当にできるか?自分にあっているかを確認するための10ヶ月だったということです。どういうことかといいますと、プログラミング言語にはC++やPython、Java Scriptなど色々な種類がありますが、どれが自分にあっているかわからない。そもそもプログラミング自体があわないかもしれない。
だから旅に出る前にじっくり触って試したそうです。旅行を開始すると楽しいことがたくさんありますから、「もうやーめた」ってパターンすごく多いです。それを事前にわかっていたそうです。
そして決めた言語がPythonという言語でした。一旦旅がスタートすると手に入れにくい日本語で書かれたPythonの本なども準備期間中に購入して、Pythonの勉強を動画でできる講座にも入会してから旅にでたんです。
帰国後に悲惨な末路をたどりたくない人はとにかく早目の準備を
・旅の貴重な時間を使って何をやるのか決めるのはもったいなくて、事前に決めたおかげで旅の時間を有効に使えた。一つに絞れたのでブレずに勉強ができた
・事前にやることを決めたので教科書などを持ってこれて良かった。ノートパソコンもプログラミング用にキーボードが打ちやすいものを選べた。
・勉強をすることを出発前に習慣付けできたので、旅行中も負担を感じずに勉強できた。自分が理解しやすそうなものを選んだのも良かった。
・出発前の時間のルーティーンがきちんと決まっているうちに初級者がつまづく壁を超えれたので、その後も続けられた。旅行中は時間がどうなるかわからないし、目移りするものが多すぎて、もし旅行中に壁にぶつかっていたら低い方に流れていって乗り越えられていなかったかもしれない
と、本人のご意見でございます。言葉が伝わり、欲しい物を手に入れるのが容易な日本にいるうちの準備は海外に出てからの行動とは比較にならないくらい有意義だということです。
スキルがあることで良い出会いに恵まれる
そして仕事を辞めて旅に出た恵美さんですが、半年くらいたった時にウクライナにたどり着き、宿泊先で運命的な出会いがあります。(※ロシアと戦争になる前の2020年のお話です)
実はウクライナですが、プログラマーというのはあらゆる職業の中で現在平均年収がお医者さんや弁護士をぬいて1位に輝いていまして、引く手あまたの超花形職業。
そんな時にairbnbという民泊で泊まった宿のオーナーが偶然IT関連の会社をやってたんです。
それで毎日2時間、宿のリビングでUdemyのプログラミング言語カテゴリーを見て勉強していた恵美さんを見かけてスカウトしてまさかのそのまま就職決定。
まだまだ当時の恵美さんはプログラマとして技術は未熟でしたが、海外のIT業界は日本に比べて優秀な技術者が少なく、少しできるだけでも入り込む余地はかなりあります。
お金をもらいながら勉強もさせてもらえる。しかもリモートワークOKっていう条件ならば飛びつかないわけがありません。
なので恵美さんは、引き続きバックパッカーで世界を周りつつ、リモートワークで収入を確保。現在は生活費の安いジョージアに引きこもっているそうです。うーん凄い。
日本人はその国民性からか仕事をやりきること、納期を守ることを当然としていますが、海外の人はこれが全くできません。なので恵美さんいわく、現地人と同じ土俵にさえ立てれば普通に仕事をするだけで日本人はチート状態だそうです。
外人の場合、納期守らないどころか途中で連絡がとれなくなるリモートワーカーとかも多かったそうですからね。
プログラミングはまったくのゼロからでしたが、仕事を辞めてバックパッカーをしたいというモチベーションがいい方向に転んだ例でした。
仕事を辞めたバックパッカーの帰国後の末路 まとめ
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